<ことしの年賀状>
新年あけましておめでとうございます。
昨年は、サンマの漁獲高は前年比をかなり上回ったもののサケにおいては大変な不漁であった。アワビ、ウニも漁獲量減で、漁家にとっては厳しい1年であった。また、物価の高騰に比して給与(所得)が上がらず家計は火の車であった。今年は、多くは望まないが少しは良い年になってほしいと願うばかりである。
日本の伝統的な文化として根付いてきた年賀状。その配達数が激減している。
日本郵便によると、2025年1月1日に配達した郵便物数(速報値)は4億9千100万通(一人当たり約4通)。昨年の7億4千300万通と比べて34%の減だという。過去5年間をみても、最大の減少率である。ちなみに、20年前の2005年は22億3000万枚であったことから、まさに激減といっていいだろう。
理由として、挙げられるのがSNSやメールなどの普及であるが、それ以上に年賀はがきの63円から85円の値上がりであるという。現在は諸物価が高騰しており家計を圧迫している。そこで、泣く泣く切りすてたのが年賀状ともいわれている。
特に若い世代は、日常生活は勿論、仕事のおいてもパソコンやスマホ等によるコミュニケーションがとられていることから、社会的習慣として行われている年賀状の必要性はないと考えている。また、一般企業においても経済的厳しさが増す中で、経費節約と虚礼廃止が進行しており、これらも年賀状の減少に拍車をかけている。
さらに、年賀状仕舞いも加速している。印刷屋さんに年賀状の印刷を依頼する場合、店舗へ出向いてデザインやレイアウトについて話し合って決めねばならない。時間と手間がかかるだけでなく印刷費用もかかる。自宅で作成する場合も、年賀はがきは勿論、プリンターのインクやその年の干支のソフトも買わねばならず、それなりに手間暇も費用もかかる。このようにお金や手間をかけてまで年賀状を出さねばならないのだろうか、と考え、そこまでする必要はあまりないのでは、と考える人たちが増えてきたことも、年賀状を出す人が減少した要因の一つといわれる。
これらも忙しい年の瀬を、少し余裕をもって過ごしたいという願望からも来るようにも思える。
年賀状には、遠く離れている親戚や友人・知人の安否確認の意味もある。はがきだからこそ書き添える手書きの言葉、個性ある文字から深い思いが伝わる。ぬくもりを感じる。
合理的なものの考え方では人の心を打つことはできない。人間関係が希薄になってきているからこそ、この機に年賀状の持つ効用を考えてみては如何だろうか。なんとか絶やさぬようにしたいものだが。これは高齢者だけの願いか。